
當麻寺 塔頭 西南院は、當麻真人国見が麻呂子親王によって草創された萬法蔵院を、白鳳12年 百済の僧正恵潅を導師に
迎え當麻寺として還造した時、坤(裏鬼門)の守の寺院として
創建されたのが始まりで、西塔の別当となった。
その後、弘仁14年に弘法大師が同院に留錫して、曼荼羅堂に於
いて「いろは歌」を御想念になった。
この時より同院は、真言宗となり、法灯は守り続けられ、人々
の厚い信仰を集めている。
同院庭園は、江戸初期に造られたものを、中期頃一音法印によって改修された池泉廻遊式庭園で、天平建築の粋たる 西塔を東側に組み入れ、その優姿を池泉に落し、美しい陰影は絵画そのものであり、他では見ることかできない。又、 庭園の一隅にある水琴窟の妙音は、一時を無我の世界へさそう。春は新緑、夏は驟雨、秋は紅葉、冬は雪とその四季折 々の趣をそえ、さつきや石楠花なども妍を競いて心を遊ばせてくれる庭園である。

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| 一言の観音とも言い、万病消滅・富貴自在の仏である。 頭上に十一の化仏をいただき、顔には厳しさはあるが、端 正で穏やかな目鼻立ちと、均整のとれた体付きは慈悲その ものを表している。 |
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| 大きな宝髻をいただき、柔和な眉目と豊頬にして大きな耳 をもち肢体は豊満で、腰をわずかに左にひねって悠然と立 つ。人々を苦しみから救済して、福徳を与える仏である。 |
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| 観音の慈悲を千の慈眼と千の慈手によって象徴的に表している。面長で丸昧のある顔と、和らか昧のある姿態はよ く均整が取られている。四十二臂(手)に真数千本の手は、通常の人間の姿とはかけ離れ、衆生に慈悲の眼をむけ、 救済の手を差し伸べるさまざまな力を表している。 |
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